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 秩父ヤマメの稚魚放流 (1997年4月27日)

副会長の新井さんが自宅で育てた山女魚の稚魚。ずいぶん大きくなっている
 快晴のゴールデンウイーク、新緑が眼に鮮やかな秩父の山々。昨年の10月に採卵した山女魚は4センチ程に成長していた。今日は楽しみにしていた稚魚放流の日だ。集まった会員は18名、午前中は手分けして養殖施設の補修を行う。

 稚魚池の清掃、電気配線の修理、取水口の整備などそれぞれのグループに分かれて作業が始まる。私はウエーダーをはいて稚魚池の清掃に向かったが、池の金網を外した途端全身が固まってしまった。そこには数え切れないヒキガエルの死体!産卵の為に金網のすき間から池に入り込んだのは良いが、池を金網が覆っているので出るに出られずそのまま死んでしまったものらしい。それにしてもすごい数だ。このカエルの除去と池の清掃を行い、稚魚を池に放すための整備をする。
 ひと冬の間に何もしなくてもヘドロが溜まる。このヘドロをきれいに取り除かないと稚魚に悪影響を与えるのだ。重労働で、作業が終わるころには汗ビッショリになってしまったが、こういう労働奉仕は心地良い。満開の八重桜の下で爽快な気分になる。

 成魚池の底を清掃していた人が「あらっ何だそれ!」と声を上げた。見ると大きな魚の頭の部分に何やらヒラヒラ動くものがある。よく見たら同じ池の中の小さい山女魚を大きい山女魚が頭からくわえているのだった。話には聞いていたが、同じ池の小さい魚をエサとして食べてしまうというのは本当だったのだ。こうして目の前で見るとショックを受ける。周りの魚はそんなことは気にもしないで悠然と泳いでいる。淘汰される魚はどこが違うのか?・・・分からない。でも、ルアーで釣れるのはこれでハッキリした。要は食べられてしまう小魚を演出するということだ。


作業が終わり真剣な打ち合わせをする新井さんと会員
 聞くと稚魚も4センチくらいの大きさになると共喰いを始めるそうだ、強いものだけが生き残れる厳しい世界なのだ。これから放流する稚魚も何割かは、先住の魚の餌になってしまうのだろうが、何とか生き残って大きく育って欲しいものだ。

 作業も一段落して、缶ビールを飲みながら魚の話、釣りの話で盛り上がる。新井さんが自宅で飼育していた山女魚の稚魚がテーブルの上の水槽で泳いでいる。

 「そろそろやりましょうか」という新井さんの声で会員はそれぞれ自前の活かしタンク(おとり鮎用のブクブク付きポリタンク)を持ち寄って稚魚水槽の前に並ぶ。小さい網で稚魚をすくいタンクに入れる、そしてそれぞれが思い思いの渓流に急いで運んでいく。稚魚が弱らないうちに放流しなくては何の意味もないからだ。

ポリタンクを持ってこれから川へ行く会員の皆さん

近くの川へはビニール袋で急いで運ぶ
 「それじゃ」「お先に〜」それぞれ声を掛け合って急ぎ足で車に向かう、その手にはしっかりとタンクが握られている。タンクを持たない人はビニール袋に入れて近くの渓流に運ぶ。私はクーラーボックスに氷を入れてブクブクを取り付けたものに稚魚を入れてもらった。目指すは赤平川上流の尾の内沢である。何度か釣りをした沢で奥も深く、放流には申し分ない流れがあるはずだ。さあ、急がなくては・・・・

 実家で姪夫婦と落ち合い一緒に尾の内沢に入る。林道からの入渓点が分からず、下流の広い瀬に稚魚を放流する。ところが放流後稚魚達が動かない!全員が川の流れに必死になって定位しているだけで手を入れても逃げようともしないのだ。放流した人間の周りにジッと稚魚が群れている。健気に必死に尾ビレを動かして泳いでいるのをしばらく見とれてしまった。

だいぶ時間がかかったけれど元気なkurooの稚魚達

尾の内沢の流れの静かな場所に放流した
 「こりゃ鳥のエサになっちゃうかなあ」などと言いながらみんなでその稚魚を見ていた。私の兄は年に何回かこの沢で釣りをする。今放流した山女魚もそのうち兄の竿を絞り込んでくれるに違いない。他の魚や鳥の餌にならずに生き残って大きくなって欲しいものだ。

私はおそらくこの沢では釣りはしないと思う。

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